以前から読みたかった本に、栃折久美子さんの『森有正先生のこと』(筑摩書房・1700円)があります。
栃折氏は有名なブック・デザイナー。一方、森氏はパリ大学で日本文学、思想を講じる我が国の代表的哲学者です。この、一見、何の共通点もなさそうな二人が実は恋仲だった(?)という、わりとショッキングな題材が扱われており、その魂の交感がどのようなものだったか、を知りたく思ったのです。 内容は、まったくセンセーショナルなものでなく、著者の森氏への敬愛の念(時にそれは恋情に高まったりしますが)が溢れる美しい書物となっています(装丁も、勿論、栃折氏)。中でも印象的だったのは、森氏の独特な風貌。 「スポーツ刈りに近いくらいの短い髪。口髭を蓄えた恰幅のいい人は、藍色の単衣の袖をパタパタさせながら、抱えた魔法瓶の蓋を取ろうと苦心している。」 これは、栃折氏とその友人石岡瑛子さん(この人も日本を代表するデザイナー)が初めて会った時の、森氏のプロフィールです。 そして、森氏と別れた後、石岡氏は彼のことを「エネルギッシュでユーモラス、意外な感じだったけれど魅力ある」と言い、当の栃折氏は「私はうなずきながら『精悍』と言う言葉を加えたいと思っていた」と言い添えます。 いずれにせよ、当代を代表する女性二人に、強烈な印象を残したことだけは確かです。 そんな森氏の“人生についての箴言”を本書から拾ってみましょう。 森氏(→)の印象的な発言は、例えば次の通り。 ・「本当にその人が欲しかったら(中略)自分の部屋をきれいにして、自分の仕事をいっしょう懸命にすることですよ。そうすれば向こうから飛び込んできます。」 ・「神という言葉はね、これは何万というキリスト者が、命がけでやっていることですから(中略)神という言葉を軽々につかうのはよくないと思いますよ。」(因みに、栃折さんは家族の中で唯一、キリスト教信者でないそうな) ・「(私の本は)死刑囚に読んでもらえれば本望ですね。」などなど。 そして極めつけの箴言を「森有正『人生あとずさりの法則』」として以下に掲げたいと思います。 森有正の「人生あとずさり」の法則(発見者:森有正、P.ヴァレリー) 我々は時の中をうしろ向きにしか進めない。 [解釈]森有正氏(1911-76。なお氏の祖父は、明治の元勲・森有礼です)が、心の恋人・栃折久美子氏に送った手紙の中の言葉。そしこの言葉の後には、次の文章が続きます。 「……(ヴァレリーが言ったように)。だから希望も失望もないのです。ただ過去だけが私どものあかしとして眼前に展開しているのです。私もあとずさりをしながら進んでいきます。」 確かに人は、行動している渦中の“現在”、その瞬間を把握できません。全ては過ぎ去った後、「あとずさりしながら」眺めるしかないのです。
by faulkner23
| 2006-01-15 12:44
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ブログ内容
管理人40年の読書経験から発見した「人生法則」をご紹介! (タイトル・イラストは、私の好きなGary Kelly の「Cafe Societe」です)
人名索引
①ドストエフスキー②オルコット③プルースト④ジョイス⑤ムジール⑥フォークナー⑦E.ブロッホ⑧ダレル⑨ショーロホフ⑩サーバー⑪イリフ&ペトロフ⑫フリードマン⑬マルケス⑭チェスタトン⑮サンダース⑯C.スミス⑰ティプトリーjr⑱ベスター⑲H.ブロッホ⑳プーレ 最新のトラックバック
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